コラム:IT企業に多い「させていただきます」の乱用と研修の責務こうした「させていただきます」の乱用は従業員の平均年齢が若いIT企業のサイトで多くみかけます。とりわけキャリアの浅い若手社員が、かしこまった丁寧な決まり文句と勘違いして使っているようです。最近では年輩の人までもが同じような誤用をしているため、言葉遣いを正されずに使い続けています。背景には、政治家や芸能人が記者会見やインタビューで「させていただきます」の不適切な使い方をしており、テレビなどのメディアを通じて誤用が広まっている現状があります。 さらに、顧客への応対や就活での面接の際、語尾に「させていただきます」とつけないと自分自身が安心していられない「させていただく症候群」が広まっており、誤用に拍車をかけています。たとえば、次のような言い回しを無造作に文章や会話で使っていれば、「させていただく症候群」にかかっています。
「○○させていただき、××させていただきます。」 「○○させていただいております。」 今回のコラムは、「させていただきます」の使い方をふまえ、昨今のIT企業に多い言葉の乱れと、日本語表現の研修の必要性について述べます。 「させていただきます」 の誤った例 よく見かけるのが次のような表現です。
→ ご質問の件についてご回答させていただきます。
サービス障害の経過報告で
新商品の紹介で 「させていただきます」の本質的な意味をわきまえずに自分勝手な解釈をして用いれば、相手に不快感を与え慇懃無礼(いんぎんぶれい)な態度として受け取られます。「させていただきます」を乱用している人は、自らの表現が相手へ好意的に伝わっているのではなく、"でたらめな丁寧表現の押し売り"をして悪印象を与えていることを自覚しなければなりません。 ● 「させていただきます」の使い方 「させていただきます」は慣れている人でも誤用しがちな難しい表現です。私自身、むやみに使わないよう気を遣っているほどです。 「させていただきます」は使役動詞の「させる」を基本とした敬語の中の謙譲語で、元の表現は「させてもらう」です。謙譲語なので、たとえば自分が上の立場のとき、またはその場の状況で自分が上の立場になってしまったときに、下の立場にへりくだって述べるために用います。「させていただきます」の言葉の意味を知らずに使っている人は、この言葉が謙譲語とは認識していないと思います。それ以前に厳しい言い方になりますが、「させていただきます」自体が敬語であることすらまったく理解していないのではないでしょうか。 明確で論理的な規定はないのですが、「させていただきます」は次のような時に使います。 ・ あらかじめ同意があったとき 窓口の応対で
客:「はい、どうぞ」 係員:「では、コピーさせていただきます。」 プレゼントの当選案内で
部下:「はい、ぜひともやらせていただきます」 では、冒頭に挙げた例をもう一度振り返ってみます。
2の「お知らせさせていただきます」は根本的に文章自体がおかしいです。「知らせる」ならありますが、「お知らせさせる」という言葉はありません。この場合も、不具合についての状況を知らせるのは申し訳ないことではありません。申し訳ないのは不具合を起こした事態です。したがって、このような状況で「させていただきます」は不適切です。 3の「紹介させていただきます」はおかしくないように見えますが、紹介する行為は相手の同意を得ず一方的に行おうとしており、申し訳ないという意図は最初からありません。しかも、誰かにやれと強いられて紹介するのではないので、自分が下の立場にへりくだる状況ではなく、謙譲語を使う必要がありません。そえゆえに、「させていただきます」と書くのは不自然です。 このように、「させていただきます」は使い方をわきまえずにむやみに乱用すると読み手に違和感を与えます。むしろ使わない方がきちんと伝わります。単に「です・ます」調にすれば全く問題ないのです。
です・ます調は敬語のひとつである丁寧語なので礼儀正しい表現です。そっけなく軽々しい表現だと感じるならばそれは思い違いです。 同様に、twitterや掲示板などで見かける次の表現も唐突に使えば失礼です。「させていただきます」で締めくくらないのが適切です。
「はじめて書き込みさせていただきます。」 → 「はじめて書き込みます。」 「わからないことがあり質問させていただきます。」 → 「わからないことがあり質問します。」 ● 言葉尻だけで表現する風潮の蔓延 最近特に気になるのは、自分自身が使ったこともない言葉をいかにも見栄えのよい表現だと思い込み、適材適所をわきまえずに乱用する風潮です。こうした風潮が露骨に現れるのが「させていただきます」に代表される敬語表現です。敬語は日頃から口に出して使わないと身につきません。インスピレーションや直感に頼った言葉遣いば相手に失礼な態度を表し、周囲から厳しく叱責されます。本来なら上司や先輩社員から言葉遣いの誤りを指摘されたり、下書きの段階で校正や添削を受けるはずです。しかし、それがおざなりになっているとでたらめな表現を平然と使い続け、悪しき風潮がますます広がっていきます。それは社会全体に言葉の乱れを氾濫させる要因につながります。 ● IT企業に目立つ言葉の乱れの軽視 敬語に限らず、ここ数年で言葉の乱れが急激に加速しているように感じます。特に規模の小さいIT企業からのメールやサイト内の文章で言葉の乱れが目立ちます。このような企業ではとりわけ20代の若手社員がメールでのサポートや広報の作成といった顧客と直接接点のつながる業務に従事している場合が多いはずです。しかし、若い世代ほど小さい頃から会話でのやりとりよりも、メールによる顔をあわせないコミュニケーションの習慣が身についています。その際、きちんとした文章ではなく単語や絵文字を羅列して用件を伝えているために、的確な文章表現の基礎が身についていません。社内に敬語や言葉遣いを熟知している経験豊富な上司が監督していれば、不適切な表現をチェックして指導できますが、若い世代同士で運営している企業ではそれができていません。もし、若手社員が顧客や取引先あてに送信したメールの文面をチェックする社内体制が整っていなければ言葉の乱れに気づいて改善する機会がありません。不適切な言葉遣いで相手にメールを出し続けていれば、意思疎通の不一致でトラブルや事故が多発しかねません。 ● IT企業にとって日本語表現の研修は大きな課題 若い世代では、言葉の乱れだけでなく自分の伝えたいことを頭の中で整理して表現する「言語力」の低下が深刻化しています。当たり前のように書ける簡単な文書作成もままならない事態がすぐそこまで迫っていると言われています。メールサポートなどの実務を十分な研修もせずに新人に従事させることは業務に思わぬ支障をきたしかねません。特に若い年代で運営しているIT企業はこの問題を真剣に受け止めてほしいと願っています。新入社員の研修ではきちんとした文章の作成と適切な言葉遣いを指導し、常に送信メールはCCで先輩社員に送ってチェックできる体制作りの徹底を切望します。それは昨今問題とされている言葉の乱れを是正する社会貢献にもつながります。研修に十分な時間と労力を割けないといった理由でおろそかにすれば、いずれ自社の首を自ら絞める結果になります。ネットを生業とする企業は文字でのコミュニケーションが最も大切な技能であり、軽視してはなりません。 「させていただきます」に限らず、他にも不自然な日本語表現をネット上で数多く見かけます。社員一人一人が適切な言葉を身につけなければ会社の看板に泥を塗ることにもつながります。今回はIT企業に焦点を当てていますが、大手企業でも同様の光景をしばしば見かけます。敬語に限らず人前できちんと使える言葉を習得できる研修体制は今後一層重要になるでしょう。 追記:敬語や日本語表現について、参考になるよいページを見つけましたので紹介します。
2010年2月23日発行 第305号
|
前の記事
記事一覧
次の記事
全バックナンバー
MLweeklyトップページ
|
|
![]() |
ML weeklyは「まぐまぐ」の発行システムを利用しています。 マガジン発行ID: 0000026807 |