コラム:匿名掲示板を問う匿名掲示板の代名詞とも言える2ちゃんねるが運営者による賠償金不払いにより、ドメインの差し押さえが検討されています。この背景には、度重なる掲示板内での名誉毀損やプライバシー侵害に対する運営の無責任さにあります。その運営者が賠償義務を軽視し、不払いを全うしようともくろんでいる態度も大きな批判を浴びているのも事実です。インターネットには匿名掲示板は必要なのかコラムとしてまとめてみます。 ● 匿名掲示板はあってはならない 私の考えを先に述べますと、IPなど書き込み者の足跡を完全に明かさない掲示板の運営は取り締まるべきです。これは、書き込み者の言動の責任をもたせるためにあります。何を書いても自分は捕まらないと言う無責任さを断罪しなくてはなりません。無責任な書き込みで名誉を傷つけられたり、不当な言いがかりをつけられるような被害を受け、精神的苦痛を受ける人を守らなくてはなりません。基本的人権を尊重できないような場を作ることはネット内でも許される行為ではないからです。 ● 運営者も利用者も無責任の場はなくすべき 他人を中傷してもおかまいなし、運営者も素知らぬ顔をする。このような場があってよいと言えますでしょうか?インターネットなんだからあってもよいという考えはまかり通りません。社会的、道徳的にも認められる行為ではないからです。運営者は健全な運営を心がけ、利用者も自覚ある言動をする。このような社会的、道義的に当たり前の行動がまかり通らないようでは公共の秩序が保てません。ネットでも同じであり特別ではなのです。インターネットは公共の場と同じです。ずさんな運営や無責任な行動はどちらも欠かせないのです。 ● モラルだけを主張してもきれい事 利用者がきちんとモラルさえもっていれば問題ないと言う人は少なくありません。しかし、いかにきれい事であるか、そして誰でも口では言える簡単な話であるか、そこまでふまえて唱える人はいないでしょう。モラルで解決するのであればとっくに改善されています。モラルそのものを理解できない、あるいは理解していて意図的に悪意のある行動をする人がいるかぎり、モラルという漠然的な言葉で解決はできないのです。法治国家である以上、最終的には法的な制裁を受ける道筋を作り、処罰をすることのできる環境は整えないといけないのです。加害者が逃げられて当然のような風潮を黙認すれば、被害者はあまりにも報われません。 ● 厳しさの欠けた現代社会の産物 匿名掲示板での無責任な書き込みは、見つからなければ何をやってもよいというモラルだけではなく、人にしてはいけないことを厳しく叱られずに成長してきた人の形成にも問題があります。いいかえれば、何をやっても周囲から怒られずに育った甘えの表れとも言えます。厳しさの欠けた現代社会の甘えがモラルどころか、自制を促す心構えすら失われています。人にしていいこといけないこと。これは、しつけや学校教育にも関わる問題ですが、自分がされて気分を害することを他人に平気でやるような陰湿な心を自分から抑えていかなくてはなりません。 さらにいえば、近頃は真正面から正々堂々と挑む人も少なくなりました。自分は隠れて特定の人を攻撃する。いってもれば「いじめ」と同じです。そのような場を作ると言うことは人との心を傷つけあう場を作るのと同じです。こうした現代社会の産物を野放しにしたまま黙殺するわけにはいかないと強く主張します。 今回のドメイン差し押さえ措置を含めたことの成り行きは注視していきたいです。世の中甘くない、それを運営者も利用者も理解するよい機会ではないでしょうか?
2007年 1月29日発行 第268号
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