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コラム:最近気になる「じゃあないですかぁ」はここが変!


 ニュースや新聞で日本語の乱れが指摘されています。私自身、老若男女を問わず奇異な言葉使いをする人の話を耳にすると「おかしな表現だな」と疑問を感じるときがしばしばあります。その中でも一番気になっているのが近頃よく会話で使われる「〜じゃあないですかぁ」という表現です。この表現は以前からおかしいと疑問を抱いていました。文法的に間違っているのではと思っていたのですが、今ひとつ結論が出ないままでいました。先日、ニュースで最近の会話の傾向が解説されていたのを見て、もしやこれが理由なのではと自分なりの見解が見いだせました。今回は、「じゃあないですかぁ」はここがおかしいという点について述べます。

○ 書き言葉に直してみましょう

 「じゃあないですかぁ」は会話言葉なので、「ではないですか」とすればひとまず読みやすくなります。「〜ではないですか」を文法の視点から見ていくと助詞や動詞の使い方に問題は見あたりません。「〜ではないか」が正解で、くどいのではという意見もありますが、「〜ではないです」という表現はあり、それに疑問の助詞の「か」がつくのはおかしくありません。
 今までここで挫折していました。そして、どうも文法上の問題ではないことに気がつきました。

○ 実際の使い方が問題

 最近の会話を例にしてみます。
    <例1>
    Aさん:「この前、ベッカムが日本に来たじゃないですか。テレビでずっと見ていて感激しちゃった」
    Bさん:「そうそう、あの人気すごいよね。しかもさぁ、移籍金がすごいじゃん」
    Aさん:「なんか人気も実力も桁違いだね・・・」
もう一つ例を出します。
    <例2>
    Aさん:「この前の阪神戦はアリアスが2本ホームランを打ってすごかった」
    Bさん:「アリアスの打ったホームランは3本じゃないですか」
    Aさん:「そうだ3本だった。ごめんごめん・・・」
「じゃあないですかぁ」が奇妙に感じる点はこれら2つの例の違いにあると見ています。最近の使われ方が例1で、本来の「〜ではないですか」という使い方は例2です。つまり、「じゃあないですかぁ」は本来の日本語表現としての使われ方に反しており、「乱れ」や「違和感」をもつのです。

○ 本来の使い方

 「〜ではないですか」は、人に疑問を投げかけるときに使う表現です。例2がそうです。Aさんの話に対してBさんは違うのではという疑問を抱いたので、それを問いただすために「〜ではないですか?」という語尾に疑問符の「?」がつく正当な疑問表現として使っています。それゆえ、日本語表現としては違和感がありません。

○ 同意を求める表現

 最近の会話にぎこちなさを感じるのは、話し手が相手にむやみに同意を求めて話を進めていく点です。言い換えれば、自分の意見に聞き手が「うんうん」とうなずいて、相手も同じ考えであると確認をしなければ安心して話を続けていけない人が多いのです。自分の意見を自分自身の意志で胸を張って主張できず、周囲から賛同を得ないとできなくなっている状況がうかがえます。先日ニュースで「近頃の会話は同意を念頭に置かないとできない。」という指摘が報じられており、「じゃあないですかぁ」もその一つなのだといえます。その証拠に、例1の場合、「じゃないですか」の次に「?」はつきません。疑問を投げかけているのではないからです。疑問文でもないのに「じゃないですか」という疑問表現を使っているため、表現そのものに違和感が生じるのです。場合によっては「押しつけ表現」として受け取られ、相手は同意を強要されている印象をもつだけに、いっそう聞きづらくなります。

○ なぜこのような表現が生まれたのか?

 ひとつは先程述べたように、最近の会話は人からうなずいてもらわければ自分の意見を述べられないことが揚げられます。さらにもう一つは、本当は強く主張したいのに、相手に自分の一言から悪く思われたくないようにするため、表現そのものをはぐらかして丁寧語として扱おうとしている面があります。断定を嫌うといった方がよいでしょう。的確な日本語表現を使わず、むやみに「れる、られる、です、ます」を多用して自己主張は残しつついかにも丁寧に聞こえる造語に仕立てられたのがこの「じゃあないですかぁ」なのです。
 もし、相手に同意を求めるのではれば、例1では
    Aさん:「この前、ベッカムが日本に来たね。テレビでずっと見ていて感激しちゃった」
で済むはずです。話の切り出しとして受け取れるので、押しつけがましさがありません。

次に、自分の意見を主張したい会話の例を挙げます。
    Aさん:「最近、小泉首相が不人気っていっているじゃないですか。私も好きじゃないし…」
自分が胸中で思っている事を、人に同意を求めないと不安で話ができない典型です。もし、小泉首相が不人気というのが間違っていたり、あるいは相手はそう思っていないとすれば、自分の意見が悪印象または少数意見と受け取られ、孤立感を意識して人と話が合わなくなるのをおそれている一面を表しています。それゆえ、同意を求めつつ相手を和ませたり当たり障りのない表現を日本語の本質を無視して作り出してこのような言い回しが完成したのではないでしょうか。さらにいえば、上の例では自分の主張をあたかも人の意見として持ち出して逃げ道を作って訴えようとする姿勢があります。これも、最近の会話の傾向です。

○ 内心は自己主張したいのにできない現状

 私がとても強く感じるのは、年齢を問わず今の日本人は自分の責任と意志で堂々と人に意見や主張を言えない、あるいは言う勇気が欠如している点です。自分一人では何もできず、他人の後押しや賛同、あるいは集団にならないと何もできなくなっています。自分が他人と違うと孤立してしまい、仲間はずれになるのをおそれたり、みんなと同じ意見でないと不安を抱く人も少なくありません。また一方で、自分一人では何もできない人が幅をきかせて集団となり、陰口をたたく最近の陰湿な風潮も大きく影響していると考えられます。根本的に人との対話や議論する力が低下し、向かい合って話ができなくなっています。
 自分では自己主張したい、けれどもそれが恐い、そうした背景が奇妙な日本語表現と使い方、会話の進め方に表れてきているのではないでしょうか。

○ ちまたで耳にする「じゃあないですか」は表現そのものが問題

 いろいろ述べてきましたが、近頃耳にする「じゃあないですかぁ」は使い方や会話の進め方の面で間違った表現です。日本語の本質をふまえた正しい表現を私たちは忘れてはいけません。「流行語」で片づけようなど三流のヘリクツは論外です。しかしながら、的確な日本語を知る機会が少ないのも現実です。テレビ番組の会話は日常会話に大きく影響するだけに、バラエティ番組でもきちんとした日本語表現を使ってほしいです。


2003年 7月9日発行 第120号

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